クラスメイトが一人、また一人と教室から消えて帰路についていく。僕も帰ろうと、カバンに教科書や宿題を詰めてチャックを閉めた。
ふと、隣の席を見ると香月さんが起きていて、夕日を眺めているのかわからないが校庭のほうに首を向けていた。
「香月さん、帰らないの?」
僕は静かになった教室で香月さんに話しかけた。
香月さんはゆっくりと首をこちらに向けた。
揺れるくるくるとした髪の毛。夕日に照らされて少し赤みを帯びている。
香月さんの紅色の瞳が僕をとらえた。その表情は何を思っているのか想定が付かないほどの眠そうな顔。しかし、どこか優しい表情をしていた。
…綺麗だな。と、思う僕がいた。さすが学園の美少女というべきか、この情景が絶妙に似合っていた。こちらを静かに見ている香月さんに見とれてしまっていた。
「数学…」
「…え?」
突然、香月さんがぽつりと言った。
「数学の時間、ありがとうございました。」
「え、いや、そんな。大したことじゃ…」
事実そうだった。僕は香月さんの書いた回答を読み上げただけだ。
「あの時は眠さがピークだったので。とても助かりました。」
香月さんがぺこり、と僕に小さくおじぎをした。
香月さんは自分のカバンに教科書や本などを詰めだした。…なぜかスペイン語の本が見えたのは僕の見間違いだろうか。
香月さんがカバンを持ち上げ僕の隣を横切っていく。
「あ、香月さん!」
…後に僕は、この時香月さんを引き留めたことに後悔を覚えることとなる。
「はい…?」
「あ、えっと、その…」
「…あぁ、そうでしたね。」
香月さんはクスッと笑ったかと思うと僕に向き直ってこう言った。
「藁太郎さん、また明日。です。」
「あ、あぁ。また、明日…。」
そう言って香月さんは再び、いつかの朝に見た独特のペースで教室から去っていった。
香月さんが、僕に笑いかけた。
その笑みが綺麗だったのか、可愛らしかったのかはわからない。
ただ、僕の瞳に焼き付いたその顔は、まるで影法師のようにオレンジ色の空にぽっかりと浮かんでいた。
この日、僕は彼女のことを思い出してしまい何も手につかず、翌日宿題を忘れて先生にかなり怒られることになった。
そんな僕の姿を見ていた香月さんがまた笑っていたのは、気のせいだろう。
2020/02/17 擱筆 2020/02/21 連載終了 2020/09/24 レイアウト変更