「代わりに答えといてください」1-c

クラスメイトが一人、また一人と教室から消えて帰路についていく。僕も帰ろうと、カバンに教科書や宿題を詰めてチャックを閉めた。

ふと、隣の席を見ると香月さんが起きていて、夕日を眺めているのかわからないが校庭のほうに首を向けていた。

「香月さん、帰らないの?」

僕は静かになった教室で香月さんに話しかけた。

香月さんはゆっくりと首をこちらに向けた。

揺れるくるくるとした髪の毛。夕日に照らされて少し赤みを帯びている。

香月さんの紅色の瞳が僕をとらえた。その表情は何を思っているのか想定が付かないほどの眠そうな顔。しかし、どこか優しい表情をしていた。

…綺麗だな。と、思う僕がいた。さすが学園の美少女というべきか、この情景が絶妙に似合っていた。こちらを静かに見ている香月さんに見とれてしまっていた。

「数学…」

「…え?」

突然、香月さんがぽつりと言った。

「数学の時間、ありがとうございました。」

「え、いや、そんな。大したことじゃ…」

事実そうだった。僕は香月さんの書いた回答を読み上げただけだ。

「あの時は眠さがピークだったので。とても助かりました。」

香月さんがぺこり、と僕に小さくおじぎをした。

香月さんは自分のカバンに教科書や本などを詰めだした。…なぜかスペイン語の本が見えたのは僕の見間違いだろうか。

香月さんがカバンを持ち上げ僕の隣を横切っていく。

「あ、香月さん!」

…後に僕は、この時香月さんを引き留めたことに後悔を覚えることとなる。

「はい…?」

「あ、えっと、その…」

「…あぁ、そうでしたね。」

香月さんはクスッと笑ったかと思うと僕に向き直ってこう言った。

「藁太郎さん、また明日。です。」

「あ、あぁ。また、明日…。」

そう言って香月さんは再び、いつかの朝に見た独特のペースで教室から去っていった。

香月さんが、僕に笑いかけた。

その笑みが綺麗だったのか、可愛らしかったのかはわからない。

ただ、僕の瞳に焼き付いたその顔は、まるで影法師のようにオレンジ色の空にぽっかりと浮かんでいた。

この日、僕は彼女のことを思い出してしまい何も手につかず、翌日宿題を忘れて先生にかなり怒られることになった。

そんな僕の姿を見ていた香月さんがまた笑っていたのは、気のせいだろう。

2020/02/17 擱筆
2020/02/21 連載終了
2020/09/24    レイアウト変更